はじめに
機械やロボットを開発するには、さまざまな専門知識が必要です。
機械の構造を理解し、必要な部品を設計する。電子回路を組み、センサーやモーターを動かす。そして、それらを制御するプログラムを作る。
一つの機械を動かすだけでも、機械工学、電気電子工学、情報工学など、複数の分野の知識が必要になります。
これまで、こうした専門知識はものづくりにおける大きな参入障壁でした。
しかし、生成AIの登場によって、この状況は変わり始めています。
AIは単に文章を書いたり、質問に答えたりするだけの道具ではありません。プログラムを書き、電子回路の構成を検討し、機械の設計案を考え、問題が発生したときには原因の調査や改善方法を提案してくれます。
もちろん、AIの回答が常に正しいわけではありません。実際の機械を作るには、設計の妥当性や安全性を確認し、動作を検証する必要があります。
それでも、これまで専門家でなければ着手することすら難しかった開発に、専門外の人でも挑戦できるようになったことは、大きな変化だと感じています。

1. ものづくりのハードルが変わる
例えば、農業用の自動散水装置を開発するとします。
水を適切な量だけ供給するためには、ポンプやバルブを選定し、配管や筐体を設計し、センサーや制御回路を組み、動作を制御するプログラムを作る必要があります。
従来であれば、これらの知識を一つずつ習得するか、それぞれの専門家に協力を依頼しなければなりませんでした。
しかし、現在はAIに相談しながら開発を進めることができます。
- 必要な機構や部品の選定について相談する
- 電子回路の構成や配線方法を検討する
- マイコンのプログラムを作成する
- エラーや不具合の原因を調査する
- 動作を改善するための方法を比較する
これらを一つのAIとの対話の中で進めることも可能です。
重要なのは、すべての専門知識を身につけてから開発を始める必要がなくなったことです。
必要な知識をAIから得ながら、実際に手を動かして開発を進められるようになりました。
これは、専門知識が不要になったという意味ではありません。専門知識を習得する順番や、開発に取り組むまでの過程が変わったということです。
知識を身につけてから作るのではなく、作りながら必要な知識を身につける。
この変化は、ものづくりに取り組む人の裾野を大きく広げる可能性があります。
2. AIを使いこなすために必要な能力
AIを利用すれば、誰でも簡単に良いものが作れるのでしょうか。
実際には、同じAIを使っても、利用する人によって成果には大きな差が生まれます。
その理由の一つが、AIへの伝え方です。
AIに対して、目的や条件、解決したい問題などを適切に伝え、期待する成果を引き出すための技術を「プロンプトエンジニアリング」と呼びます。
単に上手な文章を書くことや、特定の命令文を覚えることではありません。AIに何を伝え、どのように考えさせ、得られた結果をどう活用するかという一連の技術です。
例えば、ライントレーサーという、センサーで床の線を読み取りながら走行する小型ロボットを開発するとします。
「もっと速くしてください」とAIに伝えるだけでは、具体的な改善方法を考えるための情報が不足しています。
一方で、
「直線では問題なく走行できますが、急カーブでコースアウトします。現在の速度は左右とも80です。直線速度をできるだけ維持しながら、カーブで安定して走行できる制御方法を検討してください」
と伝えれば、AIはより具体的な状況を把握できます。
この違いは、単なる文章の長さではありません。
問題を正しく理解し、必要な情報を整理して伝えているかどうかです。
私は、プロンプトエンジニアリングにおいて特に重要なのは、問題を言語化する能力だと考えています。
問題を言語化するには、次のような5つのポイントを意識すると効果的です。
- 目的を明確にする: 何を実現したいのか。
- 現状を把握する: 今は何が起きているのか。
- 問題を分析する: 目標と現状の差は何か。
- 条件や制約を整理する: 何が使えて、何ができないのか。
- 結果を評価する: AIの提案は本当に正しいのか。

これは機械開発だけに必要な能力ではありません。
農業で作物の生育が悪いときも、製造業で製品の不良率が高いときも、林業や漁業で作業効率を改善したいときも、基本的な考え方は同じです。
何が問題なのかを把握し、目標との差を整理し、必要な情報を集めて解決策を考える。
AIは、この思考過程を支援する強力な道具になります。
また、最初から問題を完全に言語化できる必要もありません。何が問題なのか分からない場合には、AIとの対話を通じて、何を調べるべきか、どのような可能性があるかを整理していくこともできます。
つまり、AIに対して一方的に指示を出すだけでなく、AIとの対話を通じて自分自身の考えを整理していくことも、プロンプトエンジニアリングの重要な活用方法です。
3. AIを使いこなす能力をどう鍛えるか
では、プロンプトエンジニアリングを上達させ、AIを使いこなす能力は、どのように身につければよいのでしょうか。
私は、実際にAIを使って何かを作り、成果を評価し、改善する経験を繰り返すことが重要だと考えています。
特に、短時間で成果を確認できるものは、トレーニングに適しています。
例えば、アプリケーションの開発、ロボットの制御、文章の作成、データ分析などです。
これらは、AIに指示を出し、成果物を作り、実行・評価し、改善するという過程を短時間で繰り返すことができます。
一方、農業・林業・漁業などでは、改善の成果が現れるまでに時間がかかることがあります。例えば、栽培条件を変更しても、その効果を確認するには数週間、場合によっては数か月を要します。製造業でも、設備や工程を変更した場合には、一定期間の稼働や品質データの蓄積が必要になることがあります。
もちろん、こうした分野の課題を解決するためにAIを活用することは重要です。しかし、AIを使いこなす能力そのものを鍛えるのであれば、もっと短い時間で結果を確認できる課題に取り組むことも有効です。
例えば、ロボット開発なら、プログラムを変更して走行させれば、すぐに結果を確認できます。
文章作成なら、目的や対象読者、条件を変えて指示を出し、仕上がりを比較できます。
アプリ開発なら、機能を追加したり、操作性を改善したりしながら、動作を確認できます。
こうした経験を繰り返すことで、どのような情報をAIに伝えればよいのか、どのような指示では期待した結果が得られないのかが分かってきます。
さらに、同じ課題に対して異なる指示を出し、成果物を比較することも効果的です。なぜ結果に差が生まれたのかを考えることで、自分の指示の仕方や問題の捉え方を改善できます。
AIを使いこなす能力は、AIについて勉強するだけでなく、AIを使って何かを作り、評価し、改善する経験によって磨かれる。
そして、そこで身につけた能力は、農業・林業・漁業・製造業をはじめ、研究開発やさまざまな実務の現場でも応用できます。
4. これからのものづくり
これまで、機械やロボットを開発することは、専門的な知識や経験を持つ人たちの仕事という側面が強くありました。
しかし、AIによって、その境界は変わりつつあります。
農業をよく知っている人が、自分で簡単な農業用アプリを作る。製造現場の担当者が、作業上の問題を解決するために、センサーを組み合わせた装置を試作する。林業や漁業の現場で働く人が、これまで専門家に依頼していたプログラムやデータ分析に、自分自身で取り組む。
こうしたことが、以前よりも現実的になっています。
それぞれの現場には、まだ機械化・自動化できる作業や、改善できる問題が数多くあります。
その問題に気づくのは、必ずしも機械の専門家とは限りません。むしろ、日々現場で作業し、その分野特有の課題を理解している人だからこそ気づけることもあります。
AIによって、そのアイデアを実際の機械やシステムにするための距離が縮まっています。
もちろん、実用的な機械を完成させるには、機械設計、電気、安全性、耐久性などの専門的な検討が必要です。AIだけですべてが解決するわけではありません。
それでも、最初の試作品を作り、動かし、改善するまでのハードルは大きく変わり始めています。
おわりに
AI時代のものづくりにおいて、重要なのは、すべての専門知識を自分一人で持っていることではないと思います。
何を実現したいのかを考え、現状を把握し、問題を言語化する。そしてAIに相談し、得られた提案を実際に試し、結果を検証して改善する。
この一連の能力が、これからのものづくりを支える重要な力になると考えています。
「作れる人」だけが、ものを作る時代ではなくなってきました。
「作りたいものがある人」が、AIとともにアイデアを形にできる時代になりつつあります。
NOHGでは、AIや機械、電子回路、ソフトウェアなどを組み合わせ、現場の課題を解決するための技術開発に取り組んでいます。
これからも、既存の技術を活用しながら、新しい発想とAIを取り入れ、実際に役立つ機械やシステムを形にしていきたいと考えています。